この記事では、イギリスビールの特徴と種類をその歴史からひもときます。パブ文化のもとで育まれたビターやペールエール、ロンドンの労働者が愛したポーターやスタウトなど、イギリスには常温で味わうエール文化が根づいています。歴史を知ることで、イギリスビールの伝統的な魅力がより深く楽しめるはずです。
イギリスがエール文化の国になった歴史
イギリスのビール醸造は中世にまでさかのぼります。当時はホップを使わず、グルートと呼ばれるハーブの混合物で風味をつけた飲み物が「エール」として広く飲まれていました。ホップが大陸からイギリスに伝わったのは15世紀のことで、フランドル地方の商人がホップ入りの飲み物を持ち込んでいます。
興味深いのは、当時のイギリスではホップなしの飲み物を「エール」、ホップ入りの飲み物を「ビール」と明確に区別していた点です。エール醸造者とビール醸造者は別の組合に属しており、1471年にはノリッジ市がエール醸造者にホップの使用を禁じ、1483年にはロンドンのエール醸造組合が市長にホップの使用禁止を求める嘆願書を出しています。イギリス人にとってエールは伝統そのものであり、新しい原料であるホップへの抵抗感は根強いものでした。
それでも16世紀にはケント州を中心にホップ栽培が広がり、保存性と苦みの恩恵は次第に受け入れられていきます。17世紀になるとエール醸造者の間にもホップを使う者が増え、「エール」と「ビール」の区別は自然に消滅しました。こうしてイギリスは上面発酵のエール醸造を守りながら、ホップを取り入れた独自の道を歩み続けたのです。大陸のビール文化がラガー酵母の普及とともに低温発酵へ移行するなかでも、冷涼な気候と伝統への愛着がイギリスをエールの国として定着させました。
パブが育てたリアルエールの伝統
イギリスのビール文化はパブと切り離せません。パブはパブリックハウスの略で、地域の社交場として数百年にわたり人々の暮らしに根づいてきました。イギリスのパブで提供されるビールの多くは、カスクと呼ばれる樽の中で二次発酵を経た「リアルエール」です。
リアルエールは濾過も殺菌もされていないため、酵母が生きたままカスクの中で熟成を続けます。ハンドポンプと呼ばれる手動のレバーで汲み上げるのが伝統的な提供方法で、炭酸はごく穏やかです。麦芽やホップ本来の風味がやわらかく広がるのが特徴です。
提供温度は11〜13℃で、日本で一般的な4〜5℃まで冷やしたビールとは大きく異なります。常温に近い温度だからこそ、エールの複雑な香りや味わいが舌の上で開くのです。
1960年代から70年代にかけて、大手醸造所がカスクエールを廃止し、管理の容易なケグビールへの切り替えを進めました。ケグビールとは、濾過・殺菌処理を施したビールを密閉容器に詰め、炭酸ガスで加圧して提供するスタイルです。品質が均一で管理しやすい反面、リアルエール特有の生きた風味は失われます。この流れに危機感を抱いた4人の愛好家が1971年にCAMRAを設立しています。CAMRAはCampaign for Real Aleの略で、リアルエールの伝統を守る消費者運動です。この活動は広く支持を集め、現在も数万人の会員を擁しています。ケグビールやラガーが市場の大半を占める現在も、CAMRAの活動によってカスクエールの伝統はパブ文化の中に根づいています。

イギリスを代表するビアスタイル
イギリスのビアスタイルはいずれも上面発酵のエールです。以下の表に代表的なスタイルの特徴をまとめました。
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| スタイル | 発祥・中心地 | 色 | 味わいの傾向 |
|---|---|---|---|
| ビター | イングランド全域 | 金色〜琥珀色 | モルトとホップのバランス・穏やか |
| ペールエール | バートン・オン・トレント | 黄金〜琥珀色 | ホップの苦みと華やかな香り |
| ポーター | ロンドン | 濃褐〜黒色 | チョコレートやキャラメルの風味 |
| スタウト | ロンドン発→アイルランド | 黒色 | 焙煎香・コーヒーのような苦み |
| IPA | イングランド | 黄金〜琥珀色 | 強いホップの苦みと高いアルコール |
歴史的にはビターとペールエールが日常的に飲まれ、ポーターとスタウトは労働者階級の支持を集め、IPAは海外貿易の中で生まれました。
ビター
ビターはイギリスのパブで最も日常的に飲まれてきたビアスタイルです。名前の由来は、甘みの強いマイルドエールに対して「苦い方」と呼び分けたことにあります。1880年頃から消費者の間で「ビター」という呼称が広く定着しました。ただし醸造所のラベル上は「ペールエール」と表記されるケースも少なくありません。
アルコール度数3〜5%程度と控えめで、モルトの穏やかな甘みとイギリス産ホップの素朴な苦みが調和した飲みやすい味わいです。パブでハンドポンプから注がれるビターは炭酸が穏やかで、何杯も飲み重ねられる気軽さがあります。フラーズのロンドンプライドやティモシーテイラーのランドロードなどが代表的な銘柄です。
ペールエール
ペールエールは、イングランド中部のバートン・オン・トレントで花開いたスタイルです。この地域の井戸水は石膏質の硬水で、ホップの苦みを際立たせ、明るい色合いのビールに仕上げるのに適していました。18世紀末から19世紀にかけて、バートンはペールエールの名産地として名声を確立しています。
ビターよりもホップの香りが華やかで、やや高いアルコール度数を持つものが多いです。イングリッシュペールエールは、アメリカンペールエールの柑橘系アロマとは異なり、ハーブや紅茶を思わせる落ち着いた香りが特徴です。
ポーター
ポーターは1720年代のロンドンで生まれたビアスタイルです。名前の由来は、ロンドンで荷物を運ぶポーター(荷運び人)たちに人気だったことにあります。焙煎麦芽由来のチョコレートやキャラメルのような風味が特徴で、当時のロンドンではブラウンビールの進化形として広まりました。18世紀後半には大規模な醸造所が次々と誕生し、ポーターは世界初の大量生産ビールとも呼ばれています。
アルコール度数は4〜6%程度で、チョコレートやキャラメルの甘みとホップの苦みが調和した飲みごたえのある味わいです。スタウトと比べると苦みは穏やかで、モルトの甘みがより前面に出る傾向があります。
スタウト
スタウトはもともと「強いポーター」を意味する言葉でした。18世紀には「スタウト・ポーター」と呼ばれる度数の高いポーターとして区別され、やがて独立したスタイルへ発展しています。コーヒーのようなはっきりとした苦みとコクを持ちます。アイルランドのギネスが世界的に有名ですが、発祥はロンドンのポーター文化にあります。
スタウトの大きな特徴は、麦芽化していない大麦を焙煎した「ローストバーレイ」を使用する点にあります。これがポーターとの味わいの違いを生み出しており、より焦げた香りとドライな苦みをもたらします。
IPA
IPAは、18世紀のイギリスからインドへのビール輸出を背景に発展したスタイルです。ロンドン東部のボウ・ブルワリーを営むジョージ・ホジソンが、長い航海に耐えられるよう、ホップを大量に使って防腐効果を高めた特別なビールを開発したといわれています。約6か月の船旅の間に樽の中で熟成が進み、到着時には独特の風味が生まれました。「インディア・ペールエール」という名称が広く使われるようになったのは19世紀に入ってからで、1835年のリヴァプール・マーキュリー紙などにその記録が残っています。
もっとも、近年の研究ではこの通説に疑問も呈されています。ホジソンがもともと醸造していた強めのペールエールがたまたま長期輸送に向いていたにすぎず、インド向けに特別に開発されたわけではないという見方も出てきています。

イギリスビールの楽しみ方
イギリスビールは11〜13℃のセラー温度で飲むのが伝統です。冷やしすぎると酵母の活性が落ち、モルトやホップの繊細な風味が感じにくくなります。日本の冷蔵庫から出した直後は4〜5℃程度なので、10分ほど室温に置いてから飲むとイギリスビール本来の味わいに近づきます。
料理との相性はスタイルごとに異なります。ビターは塩気の効いたフィッシュ・アンド・チップスと合わせると、ホップの苦みが油をすっきりと洗い流してくれます。ペールエールはローストチキンやミートパイなど肉料理全般と好相性です。ポーターやスタウトは焙煎香がチョコレートケーキやブルーチーズと響き合います。IPAはカレーやスパイスの効いた料理と合わせると、その存在感に負けない力強いペアリングが楽しめます。
イギリスのパブでは1パイント(約568ml)のグラスで注文するのが一般的です。もう少し軽く飲みたいときはハーフパイントを頼めます。
まとめ
イギリスビールの特徴は、上面発酵のエール文化とパブで味わうリアルエールの伝統にあります。ホップが伝来する以前からエール醸造を続けてきた歴史が、大陸のラガー文化とは異なる独自の道を歩ませました。ビターやペールエール、ポーターやスタウト、IPAといった多彩なスタイルは、いずれもイギリスの風土と歴史が育んだものです。それぞれの背景を知ったうえで飲めば、スタイルごとの個性がより鮮明に伝わってきます。他の国のビール文化との違いについて詳しくは「世界を旅するビール!国ごとに違う特徴と多様な種類」をご覧ください。