マールとは

マールは、ワイン造りで生じるぶどうの搾りかす(ポマース)を蒸溜して造るフランスのブランデーです。フランス語では「eau-de-vie de marc(オー・ド・ヴィー・ド・マール)」と呼ばれ、ぶどうを圧搾してワインを造ったあとに残る皮・種・果梗を原料とし、農業副産物を無駄なく活かすフランスの農村文化から生まれました。

「マール(marc)」という名前は、古フランス語で「つぶす・砕く」を意味する語が語源という説があります。搾りかすはもともと農場の家畜の飼料として使われていましたが、中世に蒸溜技術が欧州へ広まると、ワイン生産を担っていた修道士や錬金術師たちがその蒸溜を試みるようになりました。ブルゴーニュでは17世紀末にシトー会修道士の影響で蒸溜が本格化し、1698年にはブルゴーニュ公爵への覚書にマールの蒸溜についての記録が残っています。その後ブルゴーニュやシャンパーニュといったワイン産地の蒸溜家たちが品質を磨き上げ、各産地固有の個性を持つ蒸溜酒として発展してきました。

こうした歴史と産地の個性を守るため、1942年にMarc de BourgogneがAOCとして認定されたことを皮切りに、フランスの各産地でAOCまたはEU規則に基づく産地保護規定の整備が進められてきました。

EU規則とAOCが定めるマールの条件

マール(eau-de-vie de marc)はEU規則2019/787が定めるgrape marc spiritカテゴリに属し、その基本条件は以下のとおりです。

  1. 発酵したぶどうの搾りかすを原料とすること
  2. 最初の蒸溜はぶどうの搾りかすを加えた状態で行うこと
  3. すべての蒸溜工程でアルコール度数86%未満であること
  4. 澱を添加する場合は搾りかす100kgあたり25kg以内とし、澱由来のアルコール量が最終製品の総アルコール量の35%を超えないこと
  5. ボトリング時のアルコール度数が37.5%以上であること
  6. 伝統的製法による風味付け以外のフレーバー添加禁止
  7. カラメル以外の着色禁止

上記以外にも、揮発性物質やメタノール含有量の上限など細かな規定があります。

「マール(Marc de XX)」を名乗るには、さらにフランスの産地保護規定(AOC)またはEU規則の規定を満たす必要があります。産地ごとに種類がわかれ、規定は各々に定められています。共通する主な条件は以下のとおりです。

  1. 指定された産地で生産されたぶどうの搾りかすを原料とすること
  2. 蒸溜・熟成・保管が指定された産地内で行われること
  3. 種類毎に定められた最低アルコール度数以上であること
  4. 種類毎に定められた蒸溜方法であること
  5. 種類毎に定められた熟成方法であること
  6. 種類毎に定められた最低熟成期間を満たすこと

これらの条件を満たさないポマース蒸溜酒はEU規則上「grape marc spirit」としか表示できません。なお日本とEU及び日本とフランスの間にマールの名称を保護する協定がないため、マールおよび各産地名称は日本では法的に保護されておらず、国内で製造されたポマース蒸溜酒にもこれらの名称を表示することができます。

マールの味わいは主に原料と熟成によって決まります。原料となる搾りかすはぶどうの品種によって含まれる香り成分が異なり、マールの風味に直接反映されます。ただし搾りかすを原料とするため果汁由来の果実香は少なく、植物的なニュアンスやウォールナット、熟成木材のような風味が生まれやすい点がマールの特徴です。産地やタイプによっては木樽熟成を経ることで、樽由来のバニラやスパイスのニュアンスが加わり、より複雑な風味が生まれます。

ぶどうの搾りかすから生まれる製法

マールの原料は、ワイン造りの過程で果汁を搾り取ったあとに残るぶどうの皮・種・果梗の混合物です。この搾りかすはワイン造りの副産物であり、フランスのぶどう栽培地域では秋の収穫・醸造シーズンに合わせてマールの仕込みが始まります。

搾りかすの状態はワインの種類によって異なります。赤ワイン造りでは果汁と固形物を一緒に発酵させるため、搾りかすにはすでにある程度のアルコールが含まれています。一方、白ワイン造りでは果汁を早い段階で固形物から分離するため、搾りかすは未発酵で糖分が多く残っています。いずれの場合も蒸溜前に発酵を完了させる必要がありますが、白ワインの搾りかすはより多くの発酵工程を要します。この工程で搾りかすの鮮度が品質を大きく左右します。皮や種に残る水分と糖分は微生物の作用を受けやすく、時間が経つと酢酸や雑味の原因となる成分が増えるため、収穫から間を置かず仕込みへ進めることがクリアなマールを得るための基本条件です。

発酵を終えた搾りかすは、銅製の蒸溜器で蒸溜されます。加熱方式には直火と蒸気による間接加熱があり、産地や造り手によって異なります。果汁を蒸溜するコニャックと異なり固形物主体の原料を扱うため、均一な熱伝達と温度管理に独自の工夫が求められます。

蒸溜を終えた原酒は、そのまま瓶詰めされるタイプと木樽で熟成を経てから瓶詰めされるタイプに分かれます。熟成を行わないタイプは無色透明で、ぶどう品種由来の香りがそのまま残ります。木樽で熟成させたタイプはバニラやスパイス、ドライフルーツを思わせる風味が加わり、色は淡い琥珀色から深い琥珀色へと変化していきます。

マールはぶどうを収穫・圧搾して皮・種・果梗の搾りかすを回収し、その搾りかすの発酵を完了させた上で、銅製蒸溜器で蒸溜し、最後は木樽で熟成して瓶詰めするタイプと熟成なしでそのまま瓶詰めするタイプに分岐して仕上げられる

地理的表示で保護された主要産地

フランスには複数のマールが産地保護規定(AOC)またはEU規則に基づく産地保護の対象として登録されています。産地ごとにぶどう品種や製法、熟成条件が定められており、同じマールでも地域が変わると性格が大きく変わります。

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産地保護名称産地主な品種個性
Marc de Bourgogneブルゴーニュピノ・ノワール、シャルドネ、アリゴテ草本的・スパイシーで丸みのあるボディ
Marc de Champagneシャンパーニュピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネ複雑な芳香とソフトな構造
Marc d'Alsace Gewurztraminerアルザスゲヴュルツトラミネールライチや薔薇のような芳香

マールの味わいは原料となるぶどう品種や産地の気候に左右されるため、産地ごとの特徴を知ることが好みの一本を選ぶ手がかりになります。このほかにもジュラ、サヴォワ、プロヴァンス、ラングドックなどフランスの多くのワイン産地にマールの産地保護名称があります。

マール・ド・ブルゴーニュ

マール・ド・ブルゴーニュは、ブルゴーニュ地方のぶどう搾りかすから造られる最も広く知られたマールです。ピノ・ノワールとシャルドネの二大品種を中心にアリゴテやガメイなど複数の品種が使われ、赤白どちらの搾りかすも使用できます。ピノ・ノワールやガメイの搾りかすはしっかりとした渋みと厚みを、シャルドネの搾りかすは華やかなアロマをもたらし、ブレンドによって造り手ごとの個性が生まれます。ワイン生産者が搾りかすを蒸溜所に持ち込んで造らせるケースも多く、移動式蒸溜器で畑を巡って蒸溜する伝統も残っています。

若いうちはぶどう由来の草本的でスパイシーな香りがダイレクトに出ますが、オーク樽で最低2年間の熟成が義務付けられているため、市場に出る頃には樽由来のバニラや乾いたスパイス、キャラメルの香りが重なり、落ち着いた琥珀色と深い余韻を備えています。熟成による重厚な味わいを楽しみたい飲み手に選ばれます。

マール・ド・シャンパーニュ

マール・ド・シャンパーニュは、シャンパーニュ地方で造られるマールです。ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネというシャンパーニュの三大品種の搾りかすから造られ、ピノ・ノワールがしっかりとした渋みと力強さ、ピノ・ムニエが丸みとフルーティさ、シャルドネが繊細さとフローラルな香りをもたらします。シャンパーニュを手がける生産者が自社の搾りかすから造ることが多く、生産者ごとの個性が蒸溜酒の形で味わえます。

木樽で熟成させないタイプはフローラルでフレッシュな香りが楽しめ、木樽で最低2年間熟成させたタイプはドライフルーツやチョコレート、バニラを思わせる温かみのある風味が加わり、ソフトな構造と複雑な芳香を備えます。熟成の有無で異なる表情を楽しみたい飲み手に選ばれます。

マール・ダルザス・ゲヴュルツトラミネール

マール・ダルザス・ゲヴュルツトラミネールは、アルザス地方のゲヴュルツトラミネール品種に特化した産地保護名称です。他のマールが複数品種を許容するのに対し、この呼称は単一品種のみが原料として認められています。ゲヴュルツトラミネールはライチや薔薇、スパイスを思わせる強い芳香を持つアロマティック品種で、その華やかな香りがマールにもそのまま受け継がれ、バラの花びらやライチ、ナツメグを思わせる特徴的なブーケが生まれます。

木樽での熟成は行わず無色透明のまま瓶詰めされるため、品種由来のアロマティックな香りがダイレクトに残ります。品種固有の個性をストレートに味わいたい飲み手に選ばれます。

フランスの秋のぶどう畑を背景に石のテーブルに置かれた琥珀色のマールが注がれたブランデーグラスと色づくぶどうの葉

まとめ

マールは、ワイン造りの副産物であるぶどうの搾りかすを原料に、フランス各地の産地保護規定のもとで造られるブランデーです。果汁ではなく固形物主体の原料を蒸溜するという独自の製法が、植物的なニュアンスやウォールナットを思わせる風味など、他のブランデーにはない個性を生み出しています。さらに、ブルゴーニュのオーク樽熟成がもたらす重厚な深み、シャンパーニュの熟成有無で変わる二つの表情、アルザス・ゲヴュルツトラミネールの華やかな芳香と、産地ごとに使われるぶどう品種や熟成条件が異なることで味わいの幅は驚くほど広がります。産地やぶどう品種の違いを手がかりに、ぜひ自分好みのマールを探してみてください。他のブランデーの種類も知りたい方は「ブランデーの種類と定義〜産地と原料で異なる味わいと特徴〜」をご覧ください。